吉松泰子のひとりごと

<検証 特定施設におけるケアプラン>

「残存能力をもっと引き出し、最高の豊かな暮らしを提供できるようなケアプランが求められる。」

<ベッドに寝たきり><声をかけても反応が鈍い><生活すべてに介助が必要><食べることが全く出来なくなった>…etc.様々な障害が重度になり、医師が「これは無理!回復の可能性がない」と判断されると、介護は、見まもりだけのケアになってしまいます。しかし、(老人看護論 医学書院)には「看護職の役割は、その障害がどんなに重度であろうと、患者が生きているかぎり『患者の生きる営みを支える』ことにある。」と記されています。私は、重度の障害を持った患者さんに寄り添う事をせず、只、重度の患者さんを見守っていただけのケアしかしていなかった、とハット気づかされました。誰からも支えてもらう事無く人生の幕を閉じさせたのではないか、とこれまでの看護を悔いました。

 女性Uさん(84歳)の事例でお話しします。 Uさんは認知症により自宅での生活が困難となり、5年前当施設に入居されました。入居当時は、「私、どうしたらいいのかしら?」と不安な表情で、しかし上品な面持ちで話されました。「心配しなくていいですよ。私たちがついています。守りますから」と言うと「良かった」と安堵の表情をされました。この時の情景が忘れられません。やがて認知症の悪化により、全く動くことができず、話すことも、食べることも出来ず、オムツでの生活になりました。表情も朗らかではありません。車椅子です。鼻注入をしています。しかし、好きな食べ物は、拒否することなく食べる事ができます。私は職員に問いました「今の生活がUさんにとって最高の暮らしなのですか。Uさんの残存能力を見極め、Uさんの機能を精一杯引き出し、最高の暮らしをさせようと思っていますか?見かけは穏やかにしていますが、鼻注入をして車椅子で淡々と過ごしています。『これが当然』と思い込んでいませんか。『もっともっと幸せな暮らしをと提供しよう』と思っていますか。生きるしかない状況で生かされているUさんの思いを感じ取って、精一杯の介護に挑戦する事を怠ってはいませんか」と。今はUさんに豊かな時間を提供しようと「喫茶店で出されるようなおやつを提供し、日々の生活に豊かさを提供しよう」とプランニングしました。重症の身体機能の低下をきたした方々は、されるがままの生活を受け入れ、ただ無言で生きているのです。この方々の思いにもっと深く関わり、いかに重症の状態にあろうとも、人間としての暮らしを演出するケアプランを、心からお願いしたいと思います。

 それぞれの人生を過ごし、”老いる”という試練の真只中にあるご入居者です。どうか、「わが人生悔いなし」として、人生の終焉を過ごしていただけるようなプランを作成してください。老人ホームの使命を全うしてください。
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